6. プラズマ壁相互作用グループ

核融合炉材の候補として、融点が高いタングステンが近年注目されています。このタングステンについて、核融合反応下での物性が研究されています。このタングステンに、核融合反応の生成物であるヘリウムが照射されると、綿毛構造が生成されます。この現象は、ヘリウムと同じ希ガスであるネオンとアルゴンをタングステンに照射されても形成されないという性質を持つことが実験により報告されています(たとえば、名古屋大学大学院工学研究科・大野グループ等)。この綿毛構造が壊れて、炉材からプラズマに流れ込み不純物となり、プラズマの閉じ込めを悪くすることが懸念されています。そこで、タングステン上にこの綿毛構造が生成しないようにするために、綿毛構造がどのようなメカニズムで成長するかの原因を知る必要があります。数値実験炉研究プロジェクトでは、「二体衝突近似法」と「密度汎関数法」という二種類のシミュレーション技法を用いて、綿毛構造生成メカニズム解明を開始しました。まず、タングステンにヘリウム、ネオン、アルゴンを照射する二体衝突近似法によるシミュレーションを行い、ヘリウムのみタングステンの十分内部に侵入することが分かりました(図1)。次に、タングステンの内部にある空孔にヘリウムが捕獲するエネルギーを、密度汎関数法により求めました。これより、一つの空孔に複数個のヘリウムを捕獲しても安定になることがわかりました(図2)。以上の二種類のシミュレーション結果は、ヘリウムのみ綿毛構造を形成する原因に大きな示唆を与えるものと考えています。今後、さらにタングステン内部での希ガス原子の拡散や、タングステンの構造変化をシミュレーションでしらべ、より詳細に綿毛構造形成の解明を進めていきます。
図1.
希ガス(ヘリウム、ネオン、アルゴン)のタングステンへの侵入する深さの入射エネルギー依存性。二体衝突近似法によるシミュレーションで計算しました。タングステンを損傷しない入射エネルギーで各希ガスが侵入した場合、ヘリウムのみが十分深くまで達することが分かりました。[S. Saito, et al., Journal of Nuclear Materials 438 (2013) S895]

図2.
一つの空孔がヘリウムを捕獲する際のエネルギー(捕獲エネルギーEB)のヘリウム原子数の依存性。密度汎関数法により計算しました。捕獲エネルギーが、現時点での限界の9個まで正に保たれるということが、ヘリウムを安定に捕獲できるということを示しています。 [A Takayama, et al., Japanese Journal of Applied Physics 52 (2013) 01AL03].



シミュレーションコードの紹介

名称:GLIPS
  • 目的: 固体材料へプラズマ粒子が連即照射した場合の反射やスパッタリング現象および材料の構造変化を解明する
  • 手法: 分子動力学法
  • 座標系:配位: 三次元
  • 特徴: 水素―炭素系ならびにW-He-Ar系の多体ポテンシャルを独自に開発した分子動力学コード
  • 開発者:伊藤篤史、中村浩章
  • 参考論文:
    [1] Atsushi M. Ito, Arimichi Takayama, Seiki Saito, Hiroaki Nakamura,“Formation and Classification of Amorphous Carbon by Molecular Dynamics Simulation”, Japanese Journal of Applied Physics (accepted). [2]Atsushi ITO and Hiroaki NAKAMURA, "Molecular Dynamics Simulation of Bombardment of Hydrogen Atoms on Graphite Surface", Commun. in Comput. Phys., Vol. 4, No. 3, (2008), pp 592-610.

名称:AC∀T
  • 目的:固体材料へ粒子を照射した場合の反射率およびスパッタリング率、ならびに、入射粒子の侵入分布および材料の構造変化の評価
  • 手法: 二体衝突近似法
  • 座標系・配位: 三次元デカルト座標系
  • 特徴: オリジナルのACAT(Atomic Collision in Amorphous Target)コードを拡張することにより、任意の原子構造を持つ材料を照射対象とすることが可能となっている。
  • 開発者:高山有道、斎藤誠紀、伊藤篤史、剣持貴弘、中村浩章
  • 参考論文:
    [1] Arimichi Takayama, Seiki Saito, Atsushi M. Ito, Takahiro Kenmotsu, and Hiroaki Nakamura, “Extension of Binary-Collision-Approximation-Based Simulation Applicable to Any Structured Target Material”, Japanese Journal of Applied Physics , Vol.50 (2011) 01AB03

名称:AC∀T-MD
  • 目的:固体材料へプラズマ粒子が連即照射した場合の反射やスパッタリング現象および材料の構造変化を解明する
  • 手法:分子動力学法および二体衝突近似法によるハイブリッドシミュレーション
  • 座標系・配位:3次元型
  • 特徴:二体衝突近似法が有効な高エネルギー散乱と分子動力学法が有効な低エネルギー散乱の両方を同時に扱うことが可能。
  • 開発者:斎藤誠紀、伊藤篤史、高山有道、剣持貴弘、中村浩章
  • 参考論文:
    [1]Seiki Saito, Atsushi M. Ito, Arimichi Takayama, Takahiro Kenmotsu, and Hiroaki Nakamura, “Hybrid Simulation between Molecular Dynamics and Binary Collision Approximation Codes for Hydrogen injection into Carbon Materials”, Journal of Nuclear Materials, vol.415, (2011), pp. S208-S211.

名称:AIScope
  • 目的:分子動力学および二体散乱近似で計算した粒子の軌跡を可視化する。また、第一原理計算で得られた電子密度を可視化する
  • 手法:ポリゴンによるレンダリング、ポイントスプライトによる高速レンダリング、3Dテクスチャによる疑似レイキャスティング
  • 座標系・配位:三次元
  • 特徴:ラップトップPC程度のグラフィックボード性能で1000万粒子の描画が可能
  • 開発者:伊藤篤史
  • 参考論文:なし



論文リスト

  1. Seiki Saito, Atsushi M. Ito, Arimichi Takayama, Hiroaki Nakamura:  "Anisotropic Bond Orientation of Amorphous Carbon by Deposition",  Japanese Journal of Applied Physics 51 (2012) 01AC05.
  2. Seiki Saito, Atsushi M. Ito, Arimichi Takayama, Hiroaki Nakamura:  "Structural Change of Single-Crystalline Graphite under Plasma Irradiation",  Japanese Journal of Applied Physics 52 (2013) 01AL02.
  3. Arimichi Takayama, Atsushi M. Ito, Seiki Saito, Noriyasu Ohno, Hiroaki Nakamura:  "First-Principles Investigation on Trapping of Multiple Helium Atoms within a Tungsten Monovacancy",  Japanese Journal of Applied Physics 52 (2013) 01AL03.
  4. Atsushi M. Ito, Arimichi Takayama, Seiki Saito, H. Nakamura:  "Formation and Classification of Amorphous Carbon by Molecular Dynamics Simulation",  Japanese Journal of Applied Physics 52 (2013) 01AL04.
  5. Miyuki Yajima, Masato Yamagiwa, Shin Kajita, Noriyasu Ohno, Masayuki Tokitani, Arimichi Takayama,  Seiki Saito, Atsushi M. Ito, Hiroaki Nakamura, Naoaki Yoshida:  "Comparison of Damages on Tungsten Surface Exposed to Noble Gas Plasmas",  Plasma Science and Technology 15 (2013) 282.
  6. Seiki Saito, Arimichi Takayama, Atsushi M. Ito, Hiroaki Nakamura:  "Binary-collision-approximation-based simulation of noble gas irradiation to tungsten materials"  Journal of Nuclear Materials 438 (2013) S895. [to be published in July 2013]